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院長重山洋一郎の略歴

院長重山洋一郎の略歴
(以下はブログのFacebookに載せた院長重山洋一郎のプロフィールを一部改変したものです)
鹿児島県垂水市で歯科医院を開業しています。
祖父の飯牟礼(いいむれ)昌志が、大阪歯科医学専門学校(現大阪歯科大学)を経て歯科医師となり、大正14年に「飯牟礼歯科医院」を現在地に開業しました。その後養子縁組により重山に名字が変わり、現在の「重山歯科医院」となりました。
二代目院長は私の父重山俊一郎で、三代目の私が歯科医院を継承したのは平成14年3月1日です。父も私も大阪歯科大学の出身です。
私は大阪歯科大学卒業後、同大学の大学院に進学し歯周病学を学び、
「歯肉剥離掻爬手術後の新付着に関する研究ー培養歯周組織における細胞の初期動態についてー」という論文で歯学博士の博士号を取得しました。
平成5年5月から平成7年5月までミシガン大学歯学部のDr.Somermanの研究室(ミシガン大学歯学部歯周治療学/老人歯科学/予防歯科学講座・分子レベルにおける組織の発達・維持・再生研究室という長い名前でした)で歯周病に関する分子生物学的な研究に従事しました。留学中に作成した論文数は5つです。

留学当時、皇太子の御成婚の話題がアメリカでも出ているようでしたが、残念ながらまだテレビを買っていなかったので、話題に取り残されてしまったことを覚えています。米国留学中に日本では、コメ不足、8.6.水害、自民党から新進党への政権交代、阪神淡路大震災、オウム地下鉄サリン事件などいろいろありました。

平成7年5月に帰国した後は、体調を崩していた父を助ける形で重山歯科医院での歯科医師生活に入りました。平成14年に父が癌で亡くなりましたが、癌で苦しむ父のために何ひとつ医療人らしいことをすることもできず、ただただ指をくわえて、抗がん剤の服用でのたうちまわる父を眺めていた自分が嫌になり、父への追悼の意味も込めて、医科と歯科を統合し、トータルに人を癒していく、統合医療の道に入り込むこととなり、現在も勉強の日々を送っております。
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まとめteみた【噛み合わせは神合わせ 歯合わせは幸せ  重山歯科医院@かごしま】

院長重山洋一郎の略歴(以下はブログのFacebookに載せた院長重山洋一郎のプロフィールを一部改変したものです) 鹿児島県垂水市で歯科医院を開業しています。祖父の飯牟礼

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